1.「大下弘 虹の生涯」 辺見じゅん/文春文庫
原っぱに笑顔で立った大下の姿が浮かび、彼らは今まさにかけがえのないものを失おうとしていることを知った。
今はなき銀座並木座で美しいモノクローム映画を観ているような感覚になる名著。
大下弘が博多を去るシーンは何度読み返しても涙があふれてしまう。
たぶんわたしは「大豊さんが日本を去る日」を心のどこかで覚悟しているのだろう。
「私としては利己主義と云はれるかも知れないが、自分でもう不可ませんと云ふ時が来るまで野球がしたいのだ」(大下弘日記『球道徒然草』)
そんな大下弘がなおさら大豊さんと重なる。
2.「父の背番号は16だった」 川上貴光/朝日文庫
なんだ、球とはおれ自身、川上哲治そのものじゃないか。
川上哲治の自己中の選手時代からアメリカ留学、禅との出会いを経てV9監督になるまでの変身ぶりが面白い。
人間とはいつだってコロコロ変わる愉快な生きものなのだ。
川上が現役、監督時代とアメリカで近代野球を知り、それを自分のものにするため貪欲に磨き上げる姿は川上自身の石磨きの趣味にも似て、フンドシ一丁で熱中する様子が目に浮かぶ。
「川上野球」とは川上哲治の生き様、つまり「おれ自身」そのものなのだろう。
川上哲治の故郷、熊本県人吉市についてはこちらの記事に書きました。
3.「サムライ達のプロ野球」 青田昇/文春文庫
ここには二十三人のプロ野球人が登場してくるが、僕の目からすると、すべてこれはサムライである。
青田さんの目から見た、二十三人のサムライたちとのとびきりの逸話が楽しい。
もともと三船敏郎の時代劇映画ばかり観ていたわたしがプロ野球に関する本を読み始めたきっかけがこの本だったと思う。
登場するサムライは
伝説の大投手・沢村栄治、
日本最初の三冠王・中島治康、
“神様”・川上哲治、
ミスタータイガース・藤村富美男、
鉄腕・野口二郎、
日本のナンバーワン監督・三原脩、
“和をもって貴しとなす”水原茂、
“よれよれのダンディ”千葉茂、
スライダーの創始者・藤本英雄、
名サード・宇野光雄、
“超人”・別所毅彦、
天才ホームラン王・大下弘、
フォークが絶対打てない・杉下茂、
三振奪取王・金田正一、
日本一の強打者・中西太、
史上最強の二番打者・豊田泰光、
タヌキ爺さん・藤本定義、
情熱の権化・西本幸雄、
おかしな大投手・小山正明、
“熱血投手”・村山実、
細身のタフガイ・秋山登、
巨人選手の鑑・王貞治、
“ミスタープロ野球”・長嶋茂雄。
解説は千葉茂。
この本の序文は「サムライとは何か」から始まり、日本プロ野球への提言として「外国人枠を撤廃し、アジア・リーグをつくるべし」の持論が強調されていて、わたしはとても影響を受けた。
遺稿の自伝「ジャジャ馬一代」(ザ・マサダ)も大好きだ。
わたしは解説者・青田昇の大ファンだった。
青田さんのいないプロ野球はとてもさびしい。
4.「志村正順のラジオ・デイズ」 尾嶋義之/新潮文庫
「白球が青空にグングンと伸びています」とアナウンサーがいう。聞き手は宙に飛ぶ白球を、その縫い目まで鮮やかに目の前に見ることができる。
インターネットもテレビも無かった頃、ラジオのスポーツ実況中継で絶大な人気を集めた志村正順アナウンサーのお話。
その見事な声調と、「講釈師が扇子をパシッとたたいて、馬上の大将が細身の槍をしごいて敵陣に乗り込む時の描写」を想像するだけでワクワクする。
さまざまな裏話や、放送が伝えた昭和史も興味深い。
5.「巨怪伝」 佐野眞一/文春文庫(上下巻)
正力の八十四年の人生は、日本の大衆社会の趨勢とみごとなほど重なる。
「父の背番号は16だった」を読んで、川上哲治が心酔する大正力、“正力松太郎”とは一体どんな人物なのだろうとずっと気になっていた。
まさかここまでモノスゴイ「大魔王」とは。
その生涯はシェイクスピアの悪漢芝居のように残酷で痛快である。
「良心なんて臆病者の言い草だ。力が俺の良心だ。剣が俺の法律だ。」(シェイクスピア「リチャード三世」より)
仲代達矢主演で舞台「巨怪伝」が観てみたいと思った。
6.「遺言」 川上哲治/文藝春秋
人間は最後に自分で、自分の体験と知識、自分の本然の中から答えを出すほかはない。
「人知るや否や、幾度か辛酸を経て志始めて堅し」とは西郷隆盛が遺した言葉だが、川上さんのこれまでの体験から得た知恵の一言一言が重い。
というより、恥じ入る気持ちのほうが大きい。
『野球の川上』といってみたところで、ひるがえって考えてみれば、なにほどのこともない小さな存在だ。
「野球道」の果ては枯れかじけて寒い。
7.「回想」 王貞治/日本図書センター
いつまでも生身の王貞治でありたいと思う。
大豊さんの神様「王貞治」の野球人生、野球哲学がつまった一冊。
現役引退の翌年に出された本の復刻版で、引退当時40歳の王さんの心情が伝わってくる。
引退が長嶋監督辞任と重なったことで様々な憶測が流れ、王さんはかなり困惑したようだ。
王貞治は王貞治一人だけである
と王さんは叫ぶ。
今もなお、生身の王貞治が背負わされる「王貞治」という職業とは、一体何なんだろうと思う。
8.「愛しのバットマン」 細野不二彦/小学館
日本一のバットマンですから
主人公、香山雄太郎はクソ真面目で頑固な心の優しい偉丈夫。
なんとなく、どこかのだれかさんのようなキャラクターに、たっぷり感情移入できる名作。
この漫画のもう一人の主人公は香山夫人の才女、リカちゃん。
香山雄太郎トレードのくだりで切られる↑このタンカがかっこいい。
ストーリー漫画の大ベテラン、細野不二彦がプロ野球選手をあらゆる角度から生き生きと描いている。
わたしがプロ野球を観始めた頃、ちょうど連載中だったので、とても勉強になった。
また、余話的な一話、「子豚と勲章」(6巻に収録)に描かれる老野球人の悲哀は、何度読んでも心にしみる。
9.「クラッシュ!正宗」 原作・小林信也/作画・たなか亜希夫/双葉社
行くぜえ、大豊……直球勝負!
実在の球団、選手が実名で登場し、主人公の剛速球投手・正宗の大胆なキャラクターと絶妙に絡み合う傑作。
このような漫画はもう現われないのかもしれない。
まず肖像権、パブリシティの問題があるが、虚構と現実を絡ませるにはタイミングが重要だからだ。
この漫画は1994年のミラクルジャイアンツ、ニューヒーロー・イチローの登場をふまえ、正宗の架空の肉体を通して当時の日本プロ野球を奔放に論じている。
作画は選手の躍動する筋肉が丁寧に描かれ、画面に臨場感があり、正宗と大豊さんの対決シーンは何度も読み返してしまう迫力だ。
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以上、わたしの好きな野球本ベストナインでした。プロ野球が好きな方なら読み応えのある本やマンガだと思いますのでオススメします。
大豊ファンの方には「クラッシュ!正宗」第7巻にちょっとだけ出てくる大豊さんをぜひ見ていただきたいです。
※この記事の文章は2000年に書いたものを再録したものです。
大豊泰昭著「大豊〜王貞治に憧れて日本にやってきた裸足の台湾野球少年」については、こちらの記事で書きました。