大豊泰昭書の敬天愛人と為政清明、西郷南洲翁遺訓二十五

大豊さんの話
小松から台湾に向かう飛行機から見た桜島
大豊さんの話

大豊さんに薩摩歴女がお願いしてみた

とある日、名古屋の大豊飯店で薩摩歴女のわたしは大豊さんにお願いしたことがあります。

それは、大豊さんに西郷隆盛と大久保利通の座右の銘である「敬天愛人」と「為政清明」、そして「西郷南洲翁遺訓」の第二十五条を書いていただくことでした。

そんなぶしつけなお願いにもかかわらず大豊さんは親切にサラサラッと書いてくださり、今ではとても貴重な書になったので、ここに公開しようと思います。

大豊泰昭書「敬天愛人」「為政清明」

大豊泰昭書「西郷南洲翁遺訓」第二十五条

大豊さんと西郷さん

思い返すと大豊さんがトレードで中日ドラゴンズを離れ、阪神タイガースのユニホームを着ていたとき、西郷隆盛ファンのわたしは島流しにあった西郷さんに見えていました。

単身で名古屋から離れ、大切な家族とも離れて環境が変わったためか、日に日に元気が無くなっていく大豊さんの様子が試合中継を見ていても分かり、ファンのわたしにもとても辛いものでした。

2000年にわたしがファンサイト「大豊加油!!」を作ったのも、「中日に帰れ」「台湾に帰れ」というヤジや、首脳陣や球団とのあつれき、人気球団でのマスコミの扱われ方などにわたしも心を痛めていたからです。

大阪に三年間、野球しに行ったけど、辛かったねえ……。

今、阪神の三年間、記憶にないんですよ。

俺、本当に阪神行ったのか。そういう心境ですよ。

違う野球、阪神の野球を見て勉強になったのは確かですけど。

2005年「プロ野球最後のサムライ」147ページより

大豊さんの神様は王さんと関羽さん

三国志が好きな大豊さんが一番好きな英雄は関羽さんですが、関羽さんも西郷さんも大衆に愛される歴史上の人物で、体格が良く、深い忠義心と人に媚びずおおらかな人柄のイメージが共通していると思います。

大豊飯店で大豊さんはこう話していました。

やっぱり人間、一番大切なのは「義」だね。

生まれる時代を間違えたね。

大豊の神様は二人だけ。

王さんと関羽さん。

この二人だけ。

大豊さんが「生まれる時代を間違えた」と言っていたことが忘れられません。

わたしの神様は大豊さんと西郷さんなので、大豊さんにいただいたこの書はこれからも大切にしていきたいと思います。

敬天愛人と為政清明、西郷南洲翁遺訓二十五とは

「敬天愛人」とは「天を敬い人を愛する」という西郷隆盛の座右の銘で、「為政清明」とは「政治を行うには、自ら心も態度も清く明るくならなければならない」という大久保利通の座右の銘です。

「西郷南洲翁遺訓」とは旧庄内藩(現在の山形県鶴岡市)の関係者が西郷隆盛(南洲は西郷の号)から直接聞いた話をまとめたもので、その第二十五条は「人を相手にせず天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽し、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。」です。

この意味は、

人を相手にしないで、天を相手にするようにしなさい。天を相手にして自分の誠実をつくし、うまくいかないからと相手をとがめたりせず、むしろ自分が真心をつくしきれていないことを反省しなさい。

というものです。

西郷隆盛に関する読み物は数えきれないくらいありますが、ご子孫や身内の方が語られているものがわたしは好きです。


西郷隆盛の遺訓を「生まれる時代を間違えた」大豊さんの生き方を重ねながら読むこともできるのは「ファン」の特権なのかもしれません。

大豊さんの自伝「大豊〜王貞治に憧れて日本にやってきた裸足の台湾野球少年」については、こちらの記事に書いています。

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