ウクライナに捧げる反戦歌『ひまわりの種をポケットに』
劇作家、演出家、女優、また歌手としても活躍する渡辺えりが作詞、アコーディオニスト・作曲家のcobaが作曲した、反戦歌『ひまわりの種をポケットに』が2022年5月2日にリリースされました。
ウクライナ女性がロシア兵に対し、
「あなたが死んだ時にひまわりの花が咲くように」
とポケットにヒマワリの種を入れるように訴えたというニュースが世界に報じられた。
ひまわりはウクライナの国花である。
この事柄を知り、反戦の思いを渡辺えりが詞に託し、cobaがメロディを紡いだ1曲。
今の世界情勢を念頭に渡辺えりのヴォーカルとcobaのアコーディオンが戦争反対を唄い上げる。
ニュースリリースより
この楽曲が生まれた経緯
この曲のリリースとあわせて、『えり*こば AVANT-GARDE(アバンギャルド) Vol.1』と題したライブが、5月2日に六本木クラップス、3日にまほろ座MACHIDAで全4公演ライブ配信付きで開催されました。
このライブのトークで、『ひまわりの種をポケットに』が生まれた経緯について渡辺えりとcobaはこのように語っていました。
ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻のニュースを受け、cobaは反戦の思いを音楽家として形にしようと渡辺えりに歌詞を依頼します。
cobaは渡辺えりから送られてきた歌詞に強い感銘を受け、あふれるように浮かんできたメロディを歌詞と合わせ口ずさみ号泣しながら作曲し、一晩でこの曲を書き上げます。
そして渡辺えりはレコーディングに向けて歌を覚え練習しようとしますが、cobaのメロディに乗せて歌おうとするも、この楽曲に込めた思いが強すぎて胸がつまり、なかなか進むことができなかったのだそうです。
非戦を選ぶ演劇人、渡辺えり
渡辺えりは演劇を志して山形から18歳で上京し、23歳で 劇団3◯◯(さんじゅうまる) を旗揚げします。
自身が作・演出・出演する、現実と幻想が入り乱れ時空を超える、ノスタルジックな世界を描いた独特な作風の舞台で、80年代の小劇場ブームをけん引しました。
舞台だけではなく『おしん』をはじめテレビドラマ、映画やバラエティ番組でも活躍し、幅広い層におなじみの人気女優であることは言うまでもありません。

「おしん」のロケ地になった山形県酒田市の山居倉庫
そしてまた 非戦を選ぶ演劇人の会 の実行委員、 マガジン9条 発起人の一人でもあり、ピースリーディングや講演など、平和を願い、戦争を考える活動を行っていることも知られています。
2003年2月14日、平和を願う演劇人が集まり、日本の有事法制や、国連各国の反対を押し切ってイラクの国土とイラク人への攻撃を宣言したアメリカとそれを支持した日本政府に対し、「対話を重視し、武力による外交手段に反対すること」「人権を軽視する法案に反対すること」「戦争に反対すること」が呼びかけ文として作られ、多くの演劇人の賛同を得、「イラク攻撃と有事法制に反対する演劇人の会」として活動を始めました。
(呼びかけ文より)
対話によって成立する演劇は、武力攻撃による外交手段に反対します。
人間を中心に据えた演劇は、人権を軽視する法案に反対します。
演劇は戦争に反対します。
「非戦を選ぶ演劇人の会」会の紹介より
渡辺えりは、少女の頃いじめに遭い、夢と現実のギャップや不平等な世界と矛盾を知り、演劇の夢を追うようになります。
そして、演劇を通して人間は何のために生きているのか、今生きているということ、「人間である」ということは、どういうことなのかを伝えたいと言います。
──渡辺さんの元気の素は何でしょうか?
「報われない夢があるので、それを実現させたい。まだ、ぜんぜん実現しないことが多いから、実現するまでその夢を諦めないでやろうとしているところが、やっぱり元気の素かなとは思いますけど」
──その夢とは?
「世界平和が一番の夢です。世の中から戦争をなくしたい。でもなかなかなくならないじゃないですか。だから、これはもう、なくなるまでしつこく諦めないで、演劇の力ででも、言葉の力ででも、やっていきたいと思います。それが元気の素だって言ったら、戦争で亡くなった方に対して申し訳ないですけど……戦争はなくすんだっていう思いを、今の世代の私たちが諦めちゃったら終わりですから。
「fumufumu news-フムフムニュース-」
連載「NEOFIFTY -新50代の生き方-」インタビューより


渡辺えりにとって演劇も非戦の活動も、「人間である」ことへの真摯な問いかけと、人間への深い愛情からくる当たり前の行いなのでしょう。
演劇はコミュニケーションの芸術である。
生身の人と人とが直接に対話し触って構築する作業で、相手の痛みを感じ思いやる心がなければ、つくることのできない行為なのである。
山形新聞連載
『渡辺えりの ちょっとブレーク』より
この山形新聞の連載コラムは、全バックナンバーが読めて大変ありがたいです。少しずつ大事に読みたいと思います。
渡辺えりとcoba
『えり*こば』ライブでは、渡辺えりがcobaのライブに初めて行ったときのことも語られていました。
20年以上前、芝居公演のため広島を訪れた渡辺えりは、その日広島で行われていたcobaのライブに足を運びます。
そのとき、渡辺えりが演じていたのが自殺してしまう役だったのと、その前年に急逝した劇作家・演出家の如月小春を追悼するための台本を執筆中で、渡辺えり自身も「自殺しようか」と思い詰めるくらい落ち込んでいたのが、cobaの音楽と演奏に力をもらい「よし!生きていこう!」と切り替えることができたのだそうです。
(調べてみるとそのとき渡辺えりが出演していた舞台は2001年の白石加代子との二人芝居『おやすみ、母さん』で、cobaのライブツアーはcoba tour 2001 10th anniversary『festa di coba』だったようで、偶然にも同じ広島アステールプラサでの開催でした。)
それ以来、渡辺えりはcobaの音楽に惚れ込み、自身の演劇作品の音楽監督として招くばかりか、アコーディオンをモチーフにした舞台(※)に演奏だけでなく、役者としての出演まで実現させています。
(※劇団宇宙堂『風回廊」2005年。オフィス3◯◯で『風回廊」DVD、パンフレット販売中です。山形新聞のコラムでも『風回廊」について書かれています。)

それから、coba tour 2003『運命のレシピ』のツアーパンフレットに渡辺えりが寄せた『光の恋人」というタイトルの文章が、何度読んでもしびれるくらい本当に素晴らしくて、わたしは大好きです。
激しくて静か、悲しくて楽しい。
寡黙な詩人の瞳のくせに語る言葉は星の数。
そして夜なのに光がある。
光の言葉が、光の音楽が胸に沁み込むから泣けてくる。
そして明日はきっと笑っている。
夜に光をくれる恋人。
それがcobaさんの音楽だと思う。
coba tour 2003『運命のレシピ』ツアーパンフレット
渡辺えり子(当時)『光の恋人』より
cobaファンの筆者オススメのアルバム紹介記事はこちら。

『ひまわりの種をポケットに』の歌詞のナゾ
話を『ひまわりの種をポケットに』へ戻すと、歌詞で気になった部分がひとつありました。(coba公式サイト『ひまわりの種をポケットに』歌詞掲載ページ)

かつて緑の指を持つ少年が
敵を撃とうと構えた銃口に
平和の花を咲かせたように作詞・渡辺えり『ひまわりの種をポケットに』より
「緑の指を持つ少年」とは?
「かつて〜ように」と言うからには元になるようなお話があるのかなと思って調べると『みどりのゆび』という児童書があることが分かりました。

裕福に暮らすチト少年.お父さんが兵器を作る人だったことを知り,驚きます.じぶんが不思議な〈みどりのゆび〉をもっていることに気づいた少年は,町じゅうに花を咲かせます.チトってだれ?
さっそく買って読んでみると、詩的な美しい童話でした。
『ひまわりの種をポケットに』の「緑の指」が気になった方はご一読をオススメします。カラー挿絵の美しい愛蔵版も欲しくなりました。
『えり*こば』ライブで受け取ったもの
『えり*こば』ライブで歌われたのは
ラテンの『エル・クンバンチェロ』から始まり、
『脱走兵」『悪い予感」『Padam Padam』
などのシャンソン曲、
『風回廊のテーマ』などの劇中歌、
渡辺えりが日本語詞を書いた
『白い自転車」『チェ タンゴ チェ』
などのピアソラ曲、
そして二人の新曲
『ひまわりの種をポケットに』、
さらにアンコール曲は
山形民謡『最上川舟唄』!!!
渡辺えりの信念や生き方がつまった迫力のあるボーカルに、cobaの楽曲アレンジとアコーディオンがうねり、反戦の強い思いと人間の尊厳を讃える、感動的でとても濃密な時間の最高のライブでした。
これからも継続して『えり*こば』が催されますように。
『えり*こば』から受け取ったひまわりの種をポケットに入れて、絶望せずに生きて行こうと思います。
『えり*こば』ライブのアンコールラスト曲、『サマータイム』(日本語詩・渡辺えり、編曲・coba)収録のアルバム『夢で逢いましょう』(2017年)は↓こちら。



![夢で逢いましょう [ 渡辺えり ]](https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/1363/4988031241363.jpg?_ex=128x128)

