2016年 台南市立棒球場前の様子 |
日本人のわたしが台湾のプロ野球を観戦していると言うと
「なぜ台湾のプロ野球に興味を持ったのか?」
としばしば聞かれるので
「もともと中日ドラゴンズの大豊泰昭選手のファンだったからです。
台湾出身の大豊選手が台湾代表で出場する試合を台湾に観戦に行く機会があったので、それから台湾の野球に興味を持ちました。」
と答えるようにしているのですが、もう少し詳しくこれまでの経緯をまとめておきます。
わたしの野球ファン歴は1994年がスタートでした。
地元石川県のヒーロー松井秀喜選手が観たくて、巨人の試合に足を運ぶことから始まって、中日でホームランを量産していた大豊さんを追っかけ始めたのですが、転機は1997年シーズンオフ、大豊さんの阪神タイガースへのトレードでした。
この中日=大豊&矢野~阪神=関川&久慈というトレードは、阪神ファンに大きな動揺を与えたらしく、なんと開幕早々大豊さんへの応援ボイコットという形で表れました。
そのことにわたしも
「えええええ?阪神ファンって何?野球ファンって何?」
とショックを受けて、その後も低迷阪神で苦闘する大豊さんは、阪神マスコミや阪神ファンの格好の標的にされ続け、さらに「阪神って何?」と悩み続けました。
2000年春に”大豊加油!!”というファンサイトを立ち上げたのも、ネットに行き交う大豊さんに関する誤解や嘘、暴言を気にせず、大豊さんを応援する場を作りたかったからです。
そんなこんなで苦悩の阪神時代を経て2001年のシーズンから中日ドラゴンズに復帰する大豊さんですが、「ベテランの居場所」の無さにしょんぼり。
そして11月に運命の第34回野球W杯(IBAF)が開催されます。この台湾観戦旅行がわたしのふたつめの転機でした。
中華隊(台湾代表)のユニホームで久しぶりに生き生きと躍動する大豊さんも素晴らしかったけど、台湾の観客は本当に素晴らしかった。
2001年 台北で開催された野球W杯 |
グラウンドの一投一打に集中し、選手と鼓動や呼吸を合わせるような温かい声援が、なんともいえない幸福感になって球場を包んでいました。
それに比べて、ここにいるわたしはどうだろう、これまでのやさぐれた思い出や、すれっからしの自分がとたんに恥ずかしくなってきて、たまらない気持ちになりました。
もやもやしながら観戦していると、なんと中華隊が日本を破り、銅メダルの胴上げが目の前で行なわれます。
そして”中華台北”の旗を先頭に中華隊の面々がグラウンドを駆け足で一周し、最高の観客たちに満面の笑顔で応えていました。
あのキラキラした美しい光景を思い出すと、今でも涙が出ます。
日本に帰って、録画しておいた試合のビデオを見ると、肝心の胴上げのところで負けた日本のベンチばかり映すので、台湾に観に行ってよかったと思いつつ愕然としました。
一方、大豊さんは一躍”中華英雄”となり、台湾で連日サイン会(自伝と写真集まで出して!!)を行う様子をネットで見つつ、日本人のわたしはなんだか一人取り残されたようでとても寂しい気持ちになりました。
本当に毎日泣きました。
よく「○○に国境は無い」と言いますが、スポーツの世界には当たり前にあります。
そう思ったら「阪神ファンって何?阪神って何?」とさんざん悩んだことも馬鹿馬鹿しく思えてきて、わたしの中でなにかが冷めました。
そして台湾での幸せな思い出だけが残りました。
その後はWBCやアジアシリーズで台湾代表を応援したり、名古屋の大豊飯店にたまに行ったり、マスターズリーグを観に行ったり、大豊さんがスカウトしたチェン・ウェイン投手を応援したり、といった日々を送りながら、プロ野球のアジアリーグ結成を心待ちにしていました。
2005年 名古屋の大豊飯店にて |
2006年 マスターズリーグ、ナゴヤドームで |
しかし、アジアシリーズはなかなか盛り上がらず中断され、アジアリーグ結成の動きも見られない状況に失望していたところ、ご存知のとおり大豊さんはご病気のため2015年の1月18日にこの世を去りました。
大豊さんが重いご病気になり、早くに亡くなられたことは本当にショックで、もうプロ野球を観るのはやめようかとも思いました。
けれども、台湾プロ野球の試合中継が日本からもインターネットで簡単に観られるようになり、動画サイトやSNSが発達して球団や選手の情報が得やすくなって、特に統一ライオンズの選手たちの明るい笑顔やファンと一緒に楽しくシーズンを過ごす心温まる様子にとても救われました。
そしてわたしの住む石川県の小松空港に台湾への定期便が就航したのもあり、大豊さんの故郷である埔里を訪れたり、台南へ統一ライオンズの試合観戦にも行くようになりました。
埔里は台湾のど真ん中にある農業の盛んな神秘的な盆地、統一ライオンズの本拠地である台南は台湾の古都で美食で有名、どちらも何度も旅に訪れたい素敵なところです。
かつてのファンサイト”大豊加油!!”を復刻しようと思ったのも、台湾への旅行が手軽で人気になった今、あらためて大豊さんや台湾のプロ野球のことを書き残したい、少しでも多くの人に知ってもらいたいと思ったからです。
このブログがプロ野球が好きで台湾に興味がある人の心に何かを届けられたら幸いです。
2016年 台湾・埔里にて |